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明治十九年出版 高島易断 現代語訳(一部掲載)

彖辞
乾為天の彖傳では「大いなるかな乾元」と言い、坤為地の彖傳では「大いなるかな」ではなく「至れるかな坤元」と言うのは、乾天は坤地を包むからである。坤為地の彖傳に「至れるかな」と云ふのは、乾為天は「資(と)りて始(はじ)む」、坤為地は「資(と)りて生ず」。すなわち、乾為天の「大いなるかな乾元」に対して、坤為地は「至れるかな坤元」と乾為天の「大いなる」に坤為地は「至れる(斉しい)」ということである。乾為天は氣(パワー)を発して(施して)坤為地は乾為天が発した(施した)氣(パワー)を承けて形有るモノを生み出すのである。坤地は柔順だから乾天の氣(パワー)をそのまま承けることができるし、德が厚いからモノを載せることができる。乾天の大に至るまで限界がないのである。坤地の承ける(受ける)力は「心がからりと晴れ渡り、私心や偏見がなく、広大で公平」である。その有しているモノを散ずる力は「光り輝いて廣く大きい」のである。萬物が地上に流通しないことはない。乾為天の「元亨利貞」の「亨」の作用である。雌馬は陰の形であり地に属するものである。乾為天の働きは盛んで永続する。乾為天が休まないで働くのに坤為地は合わせる。これが坤為地の「柔順」で「利貞」の働きである。乾天は必ず氣(パワー)を発し(施し)、坤地は必ずそれを承ける(受ける)。陰陽合して終に慶びが生まれる。いわゆる雌馬の働きは「貞に安んずれば吉」であり、坤地の限りない働きに応じて、坤の君子が働きが限りないのは、乾天が発する氣(パワー)にそのまま応じているからである。

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