サイトアイコン わかりやすい易経・易占講座

明治十九年出版 高島易断 現代語訳(一部掲載)

そこでわたしは益々勉強に励んで研鑽を積んだ。遂に光り輝くようにすっきりと易経を理解する根本的な素養を習得することができた。試しに紙片を捻って筮竹を作り、筮竹を二つに分け、残った筮竹の数を数えて卦爻を出し機会ある毎に吉凶を占ってみた。 だが、よく考えて占断して、よく中る時もあるが、中らない時もある。中る時は占断した人は感動して褒め称えるが、中らない時は占断した人から誹られ、叱られ、笑われる。 以上の経験から、わたしが思うのは、中(中る)と不中(中らない)を気に掛けるのは、占断を疑い危ぶむ原因となる。男子たる者、中(中る)と不中(中らない)を気に掛けてはならないのだ。 そうはいっても、きっぱりとした態度で占断が中る中らないことを気に掛ける心を投げ捨て、従来の苦学する姿勢を根拠のないことだと馬鹿してはならない。占断が中る中らないことを気に掛ける人は、精神が不安定で、まるで五里霧中を彷徨っているようなのだ。

白倉信司. 明治十九年出版 高島易斷 卷第一 現代語訳 (pp.13-14). Kindle 版.

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