高島易斷自叙(自序)現代語訳
わたしにとって、易経とはあらゆる物事に感通する(感動して※通達する)学問(感通学)である。易経は社会に流通している普通の書籍とはその内容が全く異なっている。 ※通達:深くその道に達する およそ学問の道とは、あらゆる物事を解明することだが、要するに実地(現実の場)の経験と思想を究明した理論や方便(真理に導く手段)に過ぎない。 これ(普通の書籍の内容)を名付ければ※考察学と言うべきである。だが、わが易経の感通学とは、神仏が絶妙で明らかなメッセージを直接発し、そのメッセージを受け取れば何事にも通達できるものと弁えるべきである。その絶妙で明らかなメッセージを読み取れば、人々に感動を通達(深くその道に達せ)させるものだと深く信じている。 ※考察学:物事を明らかにするためによく考え調べる学問 以上が、易経が社会に流通している普通の書籍とは内容が全く異なっていると言われる理由である。わたしは易経を感通学としてどのように読めばよいか(易経を学ぶべき理由)を弁じ(伝え)たいと願っている。 宇宙はまず天地(最初に宇宙空間、次に惑星)が創造され、その後万物(惑星上に存在する生物や植物)が誕生した。万物は天地(太極)が内包する精気(パワー)から生まれたものであり、わたしたち人間もまたその一つである。
白倉信司. 明治十九年出版 高島易斷 卷第一 現代語訳 (p.10). Kindle 版.
